ひとりぼっちのあなたに

1967年1月10日第11版(定価350円)新書館(初版:1965年5月)
表紙デザイン・イラストレーション:宇野亜喜良


海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

これは、ぼくが十七才の時の歌である。海辺の町で生まれたぼくが、自転車旅行で出会った山峡の少女に、海のひろさについて説明するために両手をひろげてみせていたのも今では、くやしい思い出になってしまった。


 

彼の亡くなった年(1983年)の秋、新書館が「寺山修司青春作品集」を出版。「ひとりぼっちのあなたに」は第三集として刊行されました。この「ひとりぼっちのあなたに」は、新書館の「あなたにおくる噂のフォア・レディース・シリーズ」の中の一冊です。他に、「はだしの恋唄」「さよならの城」「愛さないの愛せないの」があります。これらも「寺山修司青春作品集」で再版されました。寺山修司が綴るメルヘンの数々では、彼の意外な一面を発見することができるシリーズです。再版された第三集では、海について/十八才の日記/映子をみつめる/が収録されていますが、他のエッセイは別の作品となっています。


目次

  • ひどく短いまえがき
    この本は幸福そのものではありません。幸福のかわりに机の上にに置いて下さい。
  • 自己紹介
    海について/十八才の日記/映子をみつめる
  • 感傷的な四つの恋の物語
    霧に全部話した/二重奏/煙草の益について/思い出盗まれた
  • ポケットに入るくらいの小さな恋愛論
    もし、恋をしていたら/もし、キスしたいと思っていたら/もし、ママになろうとしていたら
  • 幸福についての七つの詩
  • 町の散文詩・あなたが風船をとばすとき
  • 古いレコードを聴きながら書いた詩物語
    サマータイム/ケ・セラセラ/家へ帰るのがこわい/幸福を売る男/砂に書いたラブレター/ハッシャバイ
  • 読まなくてもいいあとがき

読まなくてもいいあとがき

人は誰でも、一生の内に一度位は「詩人」になるものだ。だが、大抵は「詩人」であることを止めたときから自分本来の人生を生きはじめる。そして、かつて詩を書いた少年時代や少女時代に憎悪と郷愁を感じながら、たくましい生活者の地歩を固めていくのである。だが、稀には「詩人」であることを止め損なう者もいる。彼はまるで、満員電車に乗りそこなったように、いつまでも詩人のままで年を経てゆくのである。彼、すなわり、ぼくももう二十九才である。いい加減なところで「詩人」の肩書きを捨てて「冒険家」とか「狩猟家」の肩書きがほしいところだ。この本に納められた感傷的なぼくのエッセイやコメントは、今読み返してみると、ぼく自身の実生活とは、かなりかけ離れてしまっていることに気づく。今更ながら気恥ずかしいことを書いたものだと思う。現在のぼくは、ヘンリー・ミラーの読者であり、競馬ファンであり、ボクシング雑誌とモダンジャスのレコードを離すことのない日常に耽溺している。恐らく、何冊かのぼくの著書の中で、この一冊だけは、特別なものだということになるだろう。だが、ぼくは、この本に愛着がある。へんな話だが、人は嘘を言っているときに一番ほんとの自分をさらけだしているものだからである。
この本は、新書館の内藤三津子さんとデザイナーの宇野亜喜良さんの協力によって生まれた。お二人に感謝してあとがきに替えたいと思う。
一九六五年4月 寺山修司

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