1969年6月15日第19版(定価380円)新書館 / 初版1967年7月1日
装・挿画:宇野亜喜良
「ひとりぼっちのあなたに」と同様、新書館の「あなたにおくる噂のフォア・レディース・シリーズ」の中の一冊です。これも「寺山修司青春作品集」で再版されました。共通している部分は、はだしの恋唄のみ。こちらは、宇野亜喜良との共同作業として制作された「人魚姫」の脚本が収録されています。あなたのための人生処方詩集は、彼が集めた海外国内の名詩を使ってエーリッヒ・ケストナー風の「人生処方詩集」にまとめてあります。
目次:
- ひどく短いまえがき
- 星のない夜のメルヘン
世界で一番小さい金貨/スターダスト/いるかいらないか/ポケットに恋唄を/お月さま、こんにちは/長距離歌手/スクスク/鰐 - 詩物語
はだしの恋唄/墜ちた天使/火について/泥棒のタンゴ - バラード
楡の木と話した - あなたのための人生処方詩集
- 人形劇「人魚姫」
- 詩人の日記
- イラストレーターの日記(宇野亜喜良著)
ひどく短いまえがき
はじめて海へ行ったとき ぼくは はだしでした
はじめて恋をしたときも ぼくは はだしでした
こどもの頃は いつも はだしでした
はだしですごした「古きよき日の思い出」をこめて この一冊をあなたに贈ります
詩人の日記
×月×日
夜の飛行機で羽田に着いた。
四十日ぶりの東京は、ひどくなつかしい気がした。
「どちらへいらしていたんですか?」
と同じ飛行機に乗り合わせたインド人にきかれた。
「ニューヨークとパリとローマとアフリカです」
「お仕事ですか」
「ええ。マザース mothers という映画なんです。
世界中のさまざまな母子のスケッチをカラーフィルムに撮り、
それを一篇の映画詩に編集して、ぼくが言葉をのせるんです」
「それじゃたのしかったでしょう」
「ええ、とてもすばらしい世界旅行でしたよ」
×月×日
ことし七才になる従妹のモミに宿題を出された。
「目が一つで、手が一本で足が六本のもの、なあに?」
というのだ。
一日中考えたが、わからなかった。
夜、ニューヨークで買ってきたギンズバーグの詩のレコード「カデッシ」を聴く。
×月×日
夜、ぼくの家でパーティーがひらかれる。月一回の「小さなサロン」である。
ギターをひいたり、自作の詩を読んだり、音楽を聴きながら話し合ったりする三十人ぐらいのパーティーだが、
今日はゲストに宇野亜喜良を読んで、彼のアニメーションを観る。
少女が魚に変身したりする、例の変身の詩である。途中から、イラストレーターの横尾忠則も
加わって賑やかになる。
出席者はみな、はじめて逢う読者だが、今日読まれた詩の中で、松浦容子さんのこんな詩が印象に残った。
淋しいという字は
木が二つならんでいるのに
どうして
さみしいのでしょう
×月×日
フィンランドの劇作家ユンコラ氏が訪ねてくる。ぼくの叙事詩「山姥」を翻訳して放送したいのだという。
夜、寝る前にふいに気がつく。
「目が一つで、手が一本で足が六本のものは、丹下左膳が馬に乗っているところである」
さっそくあした、モミに言ってやろう。
×月×日
ぼくのマンションの二階に集まっている、大学生たちが中心の演劇実験室が、八月に「毛皮のマリー」をやることになった。これは女装劇で、すべて美女役は男が演じる。
Elle a roule Sa basse
Elle a roule Carosse
Elle a plume
Plus d’um Pigeon
と歌われる毛皮のまりーのにせものが出現。「男から男へとわたり歩き、ぜいたくな暮らしをしていた彼女も、今は虫くいだらけのミンクに身を包み、酔っぱらって昔ばなしをするばかり」という娼婦のマリーのドラマである。
そのキャスティングのため、このところ連日、女装約候補の美少年とばかり逢っている。
×月×日
宇野亜喜良と共同の人形劇「人魚姫」がいよいよ具体的になってきて、今日は主題歌を書きあげなければならないのに、
なかなかすすまない。牧場から電話があって、
「そろそろ馬の名前をきめてください」と言う。
ぼくの馬も、いよいよ秋からレースに出場するのである。
「ユリシーズというのはどうだろう」と言うと調教師の森さんが「はあ、ユリシーズですか」と言いながらうなずいているのがわかった。
今週の土曜日は、ユリシーズに逢いにゆくことにしよう。