性・暴力・詩・映画・演劇・政治
1969年8月15日初版(定価750円)芳賀書店/装幀:榎本了壱
西荻窪の小さな古本屋で見つけた一冊です。小生が何度も足を運ぶので、店主もいつのまにか寺山修司の古本を探していたようです。この古本屋では6冊の初版本を手に入れることができました。最初は好意的だった店主ですが、最後の方は欲が出たのでしょう。高額な値段をつけるようになり、学生であった小生はすぐに縁を切りました。これは彼の作品の中で、アンダーグラウンドな雰囲気を出している一冊です。天井桟敷の代表作の一つでもある「時代はサーカスの象にのって」の脚本が収録されています。皮ジャンパーの男に語らせている「詩・アメリカ」。そのモチーフとなった体験記を集めた作品であると思われます。
目次:
- アメリカンブルース
アメリカンブルース/見えない人間/「アニタに逢いたいな」/殺人者たちのホーム - 演劇と犯罪
ニューヨークの新しい劇作家たち/「劇場」の死/新しいボヘミアン/トム・オホーガンの演出論/出会い、またはレナード・メルフィ/家畜小屋、またはロシェル・オーウェンズ/偶然の暴力イスラエル・ホロウィッツ/ - 便所の中でいいことしよう
アメリカってのはひでえ国だよ/便所のたのしみそれは何/マイホームとしての便所からの「脱出」 - レポート「愚行の演劇」
ステージの上でほんとうに大糞する劇団があるよ/悪名高いリディキュラスに「AVANT GARDE」誌は流し目を使っているよ/愚行としての戦争チャールス・ラドラムとのインタビュー記事/ロナルド・タベル ゴリラ・クィーンの間男、または男色の劇作家/安アパートでタベルに逢った夜のことを話そう - 付録・戯曲「時代はサーカスの象にのって」
リンガフォン・レコードで英語を勉強しよう/みんなでジーン・ハーロウをくすぐろう/ファック・アー・ユーも時には歌の文句になるよ/あれたちは戦争へ行きたいんだ/ベトナムのすぐ近くで/ああ、悲しき西部劇は腰抜けの父との決闘/フットボールの規則による「幸福論」の試み/演説 そして孤独な叫び - 詩的幻影の街角で
肉体としてのアメリカ/ウォン・・チュースリー・フォー/若いアメリカ人の詩人たち/アン・ハルプリンの「相互創造」/神話を思い出す力 - レンズの青髭・リチャード・アベドン
観察されるアメリカの「英雄」/経験の修正 - 性の国のスパイ
セックス・オデッセー/「I am curious」はどんな映画か/労働からの解放/インタビューは言語の性交である - 密告の市民権・アメリカの地下新聞
女性または流れ者お断り/ソーセージ中毒菌で世界崩壊/演説 ゲリラはメッセージである
(「あとがき」なし)
付録・戯曲「時代はサーカスの象にのって」 / 演説 そして孤独な叫び(抜粋)
皮ジャンパーの男:
その時、おれは映画館の便所にかくれていた。刑事がおれをつけてきて、暗い客席を懐中電灯で照らしてあるいている筈だった。おれはもうアパートへ帰れないな、と思った。強姦魔には「帰る家がない」さ。すると、おれは思い出した。アパートの物干しに干し忘れてきた新しいシャツのことを。土曜日にはあれを着て、田中鉄工所に面接にいくことになっていた。仕事が決まれば金が入る。そうすりゃ女なんかいくらだって抱けたのだ。
おれはたった今、やったばかりの女の血がズボンの前ボタンのまわりについているのに気がついた。映画が終わる前には、映画が終わってからか。そうだ早くしなければ映画は終わってしまうだろう。映画が終わってしまうと、白いスクリーンだけが残る。白いスクリーン。白いスクリーン。「やがて、誰もが十五分ずつ世界的有名人になる日がやってくる」って言ったのは誰だ。そいつにもできるのなら、この場末の映画館の映画が終わったあとのスクリーンを見せてやってくれ。誰もいないのだ。誰もいないのだ。おれには帰るアパートがない。そう、おれには帰るアパートがない。おれには帰る家がない。故郷がない。国がない。世界がない。はじめっからなかったんだそんなものは。
一人少年親はなし、頼りになるのは写真だけ。頼りになるのは写真だけ写真片手にピシャリかく。ほたるの光。窓のゆき。
そうそう、中学校の頃、公演でトカゲの子を拾ってきたことがあった。コカコーラの瓶に入れて育てていたら、だんだん大きくなって、でられなくなっちまった。コカコーラの瓶の中のトカゲ、コカコーラの瓶の中のトカゲ。おまえにゃ、瓶を割って出てくる力なんてあるまい、そうだろう、日本。おれがどこから来てどこへ行こうとしているのかを、教えてはくれぬ日本。歴史なんてものは、所詮は作詞された世界にしかすぎぬのか、大学。海峡にしぶく恨み、そして身を捨てるに値すべきか、祖国よ。
(叩きつけるように、「孤独の叫び」がはじまり、出演者全員、立ち上がる)
皮ジャンパーの男:
身を捨てるに値すべきか、祖国よ。
全員:
アメリカよ
皮ジャンパーの男:
歌うな、教えよ、アメリカ、過ぎゆく一切はまぼろし。塗擦場の星条旗の
全員:
アメリカよ
皮ジャンパーの男:
ジェームス・ディーンの机の抽出にしに今もしまい忘れられている模型飛行機のカタログよ。時代なんかじゃなかった、飛べば、空なのだ。すっぽりと涙よ、アメリカにも空があって、エンパイヤーステートビルから、おれの心臓まで、死よりも重いオモリを突き刺す。パンアメリカンのカレンダーよ。ああ、あこがれたあこがれたあこがれた
全員:
アメリカよ。
皮ジャンパーの男:
ジャック・アンド・ペティのマイホーム。ニューギニアの海戦で父を殺した
全員:
アメリカよ
男1:
コカコーラの洪水の、カーク・ダグラスのあごのわれめのアメリカよ
女1:
アボットとコステロを生んだアメリカ、老人ホームの犬は、芸当が得意な、おさらばの
全員:
アメリカよ
男2:
大列車強盗ジェシー・ジェームスのアメリカ、できるならば一度はそのおさねを舐めてみたいアン・マーグレットの
全員:
アメリカよ、アメリカよ(ストップモーション)
皮ジャンパーの男:
おれは歴史なんかきらいだ。思い出が好きだ。国なんかきらいだ。人が好きだ。ミッキー・マントルは好きだ。ルロイ・ジョーンズは好きだ。ポパイは好きだ。アンディ・ウォーホールは好きだ、キム・ノバックは好きだ。だがアメリカは嫌いだ。これも時代なのだ。寒い地下鉄で吹いた、口笛を思いだすか、ボクサーのボブ・ホスターよ。戦争に向かってマッチ一箱の破壊、解放された動物園の方から時代はやってくる。時代はゆっくりとやってくる、時代はおくびょう者の象にまたがってゆっくりとやってくる、そうだ、時代は象にまたがって世界で一番遠い場所、皆殺しの川におもむくだろう、せめてその象にサーカスの芸当を教えてやろう。
ほろんでゆく時代はサーカスの象にまたがって、せめてきかせてくれ、悪夢ではないジンタのひびきを、いいか、「時代よ、サーカスの象にその芸当を教えよ」
全員:「今すぐに、今すぐに」