天井桟敷第1回公演
1969年4月18日~20日 草月会館ホール
入場料500円 午後7時開演
作・寺山修司 演出・東由多加 美術・横尾忠則 音楽・山岸磨夫 照明・沢田祐二 制作・高木史子 舞台監督・高橋敏明 動物演出・高橋英雄
キャスト
大正マツ(老いたる花嫁):丸山明宏
女浪曲師(女学生である):桃中軒花月
松葉杖(赤い花のあんま):長崎稔明
松葉杖(白い花のあんま):工藤 勉
大正松吉(母恋のせむし男):増岡 弘
口上(侏儒である):竹永敬一
美少女(毒薬の調合をする):斉藤秀子
家令(法医学研究をする):大石 柾
美少年(入浴場面付):萩原朔美
ヴィーナス(裸である):大沼八重子
老婆1(目婆である):森下滋子
老婆2(耳婆である):伊藤知子
老婆3(口婆である):今井 優
戯曲「浪花節による一幕」
地獄から風が吹きこむようにふいに一陣の三味線の音がながれこんでくる。
一人の侏儒現れて一例して告げる。
侏儒
ただ今より 天井桟敷第一回公演 浪花節による一幕
青森県のせむし男 のはじまりでございます
侏儒ひっこむと暗闇で嗚咽していたような声がしだいに高まってきて
桃中軒雲右衛門の節まわしになる
女浪曲師
これはこの世のことならず
死出の山路のすて野なるさいの河原のものがたり
十にも足りぬ幼な児がさいの河原に集まりて峰の嵐の音すれば
父かと思いよじのぼり谷のながれをきくときは
母かと思いはせ下り手足は血しほと染みながら
ここでひとしきり暗い潮騒のように三味線がはげしくうねって
女浪曲師が赤い花のようなあかりに照らされだされると
セーラー服を着ていることが分かってくる。その背後はまっくら闇だ。
女浪曲師
河原の石をとり集めてこれにて回向の塔をつむ
一つつんでは父のため二つつんでは母のため三つつんでは国のため
兄弟わが身と回向して昼はひとりで遊べども
日も入りあいその頃に地獄の鬼があらわれてつみたる塔をおしくずす
一瞬の静寂があって
女浪曲師
大正松吉を殺したのはおっ母さんです
ニクロム線でしめて草刈り鎌でとどめをさしたのです
あのひとはあたしの夫になる人でした
でも今あのひとはもういない
あのあたしの想い出を
全部かためて出来たこぶの
青森県のせむし男はもういないのです。
戸籍係の失踪
三味線の音とともに 灯りが少しずつ消えてゆき
舞台右手と左手に ぼんやりと浮かび上がる二人の男
二人ともに松葉杖をついている
一人は真っ赤な花を手に持って 一人は白い花をもっている
二人の背後にはかすかに墓が浮かび上がって見える
いきなり
松葉杖 大正大正二年七月十日生まれの 古間木儀人がいなくなったそうだ
赤い花 大正大正二年七月十日生まれの 古間木儀人が?
松葉杖 そう 役場の戸籍係の古間木儀人がだ
赤い花 どこへ行ったんだ?
松葉杖 わからねえ 何でも 突然に行方不明になってしまったのだという話だ
赤い花 そいつは困ったことだ
松葉杖 そう ほんとに困ったことだ あいつがいないと誰も自分の本籍地がどこだかわからねえ 自分がどこに住んでいて だれと血がつながっているのか まるで見当もつかねえってことになる
赤い花 そんじゃ おめえ みんな幽霊になってしまうのと同じこってねえか
松葉杖 ああ ほんとにな
赤い花 村中の人の名前と生年月日も全部
松葉杖 大正大正二年七月十日生まれのあいつが 預かっていたのだ
赤い花 そしてそれを
松葉杖 持ち逃げして行っちまった
赤い花 持ち逃げして
松葉杖 行っちまった
闇夜のなかで かすかにしのび笑いがきこえる
二人の輪以下のやりとりには ときどき三味線が入る
赤い花 本籍現住所から
松葉杖 生年月日まで もっていかれてしまったら 村中の人間がみな自分が一体誰なのか?
赤い花 どこから来たのか?
松葉杖 全然わからなくなっちまう
赤い花 そう 全然わからなくなっちまう
松葉杖 あと 持ち逃げされずに残っているのは(と間をおいて)
赤い花 死ぬ日だけ
松葉杖 死亡年月日だけ
女浪曲師
♪戸籍係が消えたのは
むかしむかしのまたむかし 三十年も前でした
春を恨んで年老いた
ほろほろ鳥に捨てられて
あたしの名前は今いずこ ♪
(語りになって)
実は戸籍係の失踪には わけがあったのです
大正大正二年七月十日生まれの古間木儀人は
大正家の争いにまきこまれるのが こわいばかりに
戸籍簿を全部始末して姿を消したのです。
大正家は法医学者の大正甚蔵 老妻セツ
そして大学の助教授で「遺伝の研究」をしている息子の首吉がいましたが、
長い夏が続いた年に首吉が助十のマツを土手の上で姦してしまいました
間もなく 女中のマツは妊娠し
大正家では 世間態を怖れてマツを入籍しました
ところがマツが子を生む前に
首吉は旅先の上海でコレラに患って死んでしまったのです。
♪ もともとみにくい 女中のこと
わが子が死んだあとまでも
何で面倒みるものか
セツは女中を 責めまくり
雨がふり日は 雨責めに
雪がふる日は 雪責めに
日毎夜毎のことば責め
責めても責めても責めたりぬ
子の過ち 春が来て
捨て子の子守唄
角巻をかぶった三人の老婆
集まってひそひそ話は
老婆1 それで女中のマツは
老婆2 それで女中のマツは
老婆3 子を産んだそうだ
老婆1 さまざまのまじないにすがりながら
老婆3 米町寺町仏町
老婆2 新寺町の三丁目
老婆1 お月さまがトラホームに患って
老婆2 赤くくもった十月の十日
老婆3 仏壇や屋のはなれを借りて
老婆1 父無し子を生んだそうだ
老婆2 生んで帰ってきてみれば
老婆3 もはや しゆうとも気が変わって
老婆1 やさしくしてくれると思ったのは大違い
老婆2 易のたたり
老婆1 蝮の血
老婆3 義眼の霊柩車
老婆2 焼き殺した鳩
老婆1 毒あざみ
老婆3 死人の念仏
老婆2 赤児を見るなりしゆうとは言った
老婆1 「すぐ捨てろ すぐ捨てろ」
老婆2 「マツは猫を産んだぞ」
老婆3 「裏山へ捨てて 野ざらしにしてしまうがいい」
荒涼とした風が吹き
三味線の音が悲鳴のようにうねってゆく
女浪曲師(語りで)
そこで下男の斧助が呼ばれ 嫁が産んだ猫を裏山で殺すようにと 言われました
斧助は 古新聞につつまれて腰巻の紐でくくられた赤児を抱いて
裏山まで来ましたが 考えてみれば あまりにもかわいそうな話なので
しゆうとには勿論 母親にもだまって 自分で養おうと思いました
斧助は子を盗んだのです
(三味線入って)
ところが
赤児のうぶ毛を剃りおとし
それを包んで来た新聞紙にくるみ 殺したことにして
さて かわいやと抱きあげてみると何とその赤児は
肉のかたまって出来たせむしなのでした
老婆1 さて 困った
老婆2 今更 あらためて捨てるわけにもいかぬし
老婆3 育てるには あまりにもひどい不具
老婆1 こうと知ったらむしろ
老婆2 中をあけてみたりせず
老婆3 殺してしまえばよかった・・・
(しだいに阿呆陀羅経の鳥づくし感じになってゆく)
老婆1 殺してしまえば よかったものは
老婆2 ゆりかごの鳥 せむし鳥 蚊帳にもたれてキヨロキヨロと心せきれい うぐいすの
老婆3 背中のこぶのとまり鳥 闇にながれる川千鳥 家族は何も白鷺でただつくづくと あほう鳥
女浪曲師
♪ 世間は鵜の目、鷹の目で 五十男の斧助は
十日どんびを ひとつかみ 産んだひよこが ピヨピヨ
どこでどうして産みかもめ
大方のんで 鴨にされ ねぎと背負った父なし児
それでも夜は 閑古鳥 背中のコブがモズモズと ウズラウズラとかたまれば
さすがにかくしきれないで 戸籍に入れて育てるか
あるいは戸籍に入れまいか 入れてしまえばわが子だが
入れずにおけば大正の 遺産継ぐべき血縁の ころがりこんだ宝もの
迷い迷って口ツグミ 戸籍係りを追い払い
どつちつかずにしておけば かごの赤児が夜泣きする ♪
舌切り雀 お宿はどこだ?
舌切り雀 お宿はどこだ?
舌切り雀 お宿はどこだ?
(女浪曲師の背後から
ゆっくりと青森地方の子守唄がきこえてくる
重くせつなく)
女浪曲師(語りで)
一方 夫を失い たつた一人のわが子も 捨てられてしまったマツは
一時的に気がふれてしまいました
夜 寝落ちてから 遠くの山からきこえてくる子守唄は
いつまでもマツの唄だったのでございます
卒塔婆を抱いたマツが
幽霊のようにあかりのなかに浮かびあがり
その卒塔婆をわが子のようにあやしながら唄っている
寝ろじゃ 寝ろじゃ
寝たこへ
寝ねば山から
もって来るあね
それを包みこむ山嵐のように音楽が
なだれこんできてかき消されてしまう
だが かき消されながらマツは
あどけない声で子守唄をうたいつづける
寝ろじゃ 寝ろじゃ
寝たこへ
寝ねば山から
もって来るあね
つづく・・・・