「時間はね、こうやって、大きい時計に入れて家の柱にかけておくのが一番いいんだよ。
みんなで同じ時計を持つことができるから、しあわせなんだ。
腕時計なんかに入れて、時計を外に持ち出そうなんて、とんでもない考えだ」
Aphorism-026「臓器交換序説」
ひとは誰でも恋をしているときには「はだかの王様」になっているのであり、
どんな目のいい鑑定家でも、肉眼で「恋」を見ることなどできないのだから、
恋は王様の新しい衣装のようなものである。
事実と真実はいつも同じではない、ということを忘れると、
見えないものはすべて存在しないという実証と経験の番人になってしまうだろう。Aphorism-027「人間を考えた人間の歴史」
自分たちにしか通じない言葉を持つのが恋人同士である。
Aphorism-028「家出のすすめ」
蝙蝠傘は、世界で一番小さな、二人のための屋根である。
Aphorism-029「青蛾館」
愛というヤツは人を相対化し、部分化せずにはおかぬなにかがある。
いま、しみじみと不足しているのは、愛ではなくて、愛にかかわる思想である。Aphorism-030「映写技師を撃て」
貞淑さを失った関係はわびしいが、貞淑をいつも必要としている関係は、もっとわびしい。私有しなければ貞淑さなど、問題にならぬことなのだ。
Aphorism-031「月蝕機関説」
不条理とは人と神との葛藤から生まれる悲劇だが、
愛怨などしょせん、等身大の人間同士の葛藤にすぎない。
Aphorism-032「黄金時代」
「美を何かに役立てやうなどとさもしい了見を持つのは、美のほんたうの理解者ではない」
Aphorism-033「絵本・千一夜物語」
「白雪姫」のおかあさんが、鏡を見ながら
「この世で一番きれいな人は誰ですか」と訊ねるような美しいものへのあこがれが、
どのように幸福を汚していくかは、七人の小人でなくとも知っている。
Aphorism-034「幸福論」
「こころのなかで破壊している人は一杯いますよ。
だがこわれなきゃ、踏みつぶされなきゃ、椅子は椅子のままです」
Aphorism-035「血は立ったまま眠っている」
地球は中身のつまった球体ではなく、
その中心に灼熱した溶解金属からなる火が燃えている状態でもない。
中空、すなわち空っぽなのだ。
Aphorism-036「地球空洞説」
地球の中心には、言語がつまっている。
Aphorism-037「月蝕機関説」
ガリレオ・ガリレイは、ピサの斜塔から、重い球と軽い球を同時に落として、
それが同時に落ちることを実験によって証明した。
私は、その場合に二つの球が「重さのちがい」のほかに、地面が「どっちを愛していたか」のデータ
(つまり、地面はこの二つの球を同じ力でしか引っぱらなかった)
ということをも問題にしてみてもよいのではないか、と思った。
なぜなら、地面はこの二つの球を同じ力でしか引っぱらなかったのでなく、
もしかして軽い球をよけいに愛していたので、少し強い力で引きよせ、
結果的には地面にとどく時間が同じになったのかもしれない、と思ったからである。Aphorism-038「人間を考えた人間の歴史」
「この世界では、まっすぐな道はすべて迷路なんだ。
なぜなら、まっすぐの道は、どこまでも歩いてゆけば、必ずもとの場所に戻ってくる。
何しろ、地球は球体をしているからね」
Aphorism-038「カタツムリの笛」
トイレットの中で考えたのだが、ステージのことを、なぜ「舞台」というのだろう。
私は、俳優に舞わせようと思ったことなど一度もなかった。
Aphorism-039「地平線のパロール」
近代劇の観客にとって俳優は、代理の人間(stand for)である。
俳優は観客に代わって、もう一つの現実を具現し、観客の死を死ぬのである。
Aphorism-040「迷路と死海」
「ふるさと」などは、所詮は家出少年の定期入れの中の一枚の風景写真にすぎないのさ。
それは、絶えず飢餓の想像力によって補完されているからこそ、充ち足りた緑色をしているのだ。
Aphorism-041「花嫁化鳥」
「世の中の眼の数ってのは、きまっているんだ。
だから誰かが眼をあけているときには、他の誰かが、眼をつむっていなきゃなんねえ。
全員、眼をあけたら世の中のヒューズがとんでしまう」
Aphorism-042「盲人書簡」
われわれは、イメージの中で一度経験したことにしか現実を近づけない。
したがって、事実とは、つねに二度目の現実の別称である。
Aphorism-043「臓器交換序説」
「見えないくせに存在しているものは一杯あるわ。愛とか罪とか、幸福とか。そう、無限に」
Aphorism-044「伯爵令嬢小鷹狩掬子の七つの大罪」
金なしでは生きられない、金だけでも生きるのに不足だ。
Aphorism-045「密室から市街へ」
世界は、これほど謎にみちあふれているのに、
探偵小説家たちが、また新しい謎を作り出そうとしてりのはなぜだろうか。
Aphorism-046「鉛筆のドラキュラ」
なぜ、国家には旗がありながら、ぼく自身には旗がないのだろうか。
国家には「君が代」がありながら、ぼく自身に主題歌がないのだろうか。
Aphorism-047「人力飛行機ソロモン」
どんな鳥だって
想像力より高く飛ぶことは
できないだろう
Aphorism-048「ロング・グッドバイ」
地上から一人の人間が姿を消すたびに
空がその罰をうけて、星をかかげるかな、って思うことがある。
だれかがだれかを捨てて旅立つたびに、
空に新しい星が一つずつ増えるのだ。
もしかしたら天文学は、地上の罪のかぞえ唄なのかもしれない。
Aphorism-049「アダムとイブ、私の犯罪学」
夢の中は治外法権である。
Aphorism-050「猫の航海日誌」